母(80)と僕の読書の記録とその周辺

母は小説が好き、僕はノンフィクションが好き

母は『残り火』『灰の男』を読んだ

2024年になりました。母も今月で82歳になりますが「100まで生きると思う!」と常々言っている程度には元気です。

昨年はぼくも母に影響を受け、今まで読まなかった作家さんの作品にも手を出し、だいたい面白く読みました。なかでも葉真中顕さんという作家さんに出会えたのは良かったことの一つです。『灼熱』『そして、海の泡になる』を読みましたが、どちらも偶然なのか彼のテーマなのかまだわかりませんが、「国に捨てられた」感情を持つ登場人物が出てくるのが印象的でした。これは葉真中顕さんもぼくも氷河期世代のせいなのか、そこに自分の来し方を重ね、心に訴えるものを感じてしまいました。

 

閑話休題

大活字本の『残り火』を読んだ母は「これは良かった。法廷ミステリーは初めて読んだ。最後にどんでん返しもあって驚いたね」と大層気に入ったようだったので、まだ図書館の返却期限に余裕があったため、興味を惹かれたぼくも読んでみました。
文体も台詞回しも、ちょっと昔を感じましたね。2,30年ほど前の二時間ドラマのような...…。ベテランの安定した構成ともいう。
気を抜いた終盤にどんでん返しもあるけど、なんとなく読めたので母がいうほどはぼくは驚かなかったなぁ。

 

『灰の男』は大活字本で4分冊になっているほどの長編で、母は「最初は普通に読んでいたけど4冊目になってからハッとする驚きがあった」というので、これもどんでん返しなのかもしれない。

 

『残り火』『灰の男』はどちらも小杉健治さんの作品で、近年は時代小説を多く書かれているようなんだけど、『残り火』に出てくる水木弁護士が登場する作品もときどき出されているようなので単行本で追いかけてみようと思っているぼくです。

 

 

 

母は『審議官』を読んだ

今年の1月に刊行された隠蔽捜査シリーズの最新刊『審議官』を図書館で予約していたが、ようやく順番が回ってきた。

この記事のタイトルには「読んだ」と書いてしまったが、正確には今まさに読んでいる最中だ。

『審議官』はシリーズ9.5にあたる短編集。一つ前のシリーズ9にあたる『探花』も数ヶ月待ったんだよね。

『探花』という単語は、読んだ母の説明によれば、昔の中国の官僚登用試験『科挙』に由来するのだという。ただ母は『科挙』を知らなかったので、その一文をノートにメモしてぼくに訪ねてきた。

「昔の中国で行われていた、官僚になるための試験だよ」

「だからか! 主人公の竜崎も警察官僚だもの」

『探花』は竜崎が警察官僚になるときにライバルだった人物がでてくる話だとか。

 

大好きな隠蔽捜査シリーズの最新刊を読んで母はにこにこしている。

今野敏の書く世界は『今野敏ワールド』だわ〜」

ぼくは未だに今野敏さんの作品は未読なので母の言わんとする事がはっきりと分からなかったけれど、なんとなくスターシステムのことを言っているのかな?と思ったんだけど、どうでしょうか。

 

 

 

母は『遅咲きの梅』『流星雨』を読んだ

作家の津村節子さんについてのぼくの知識は、作家の吉村昭さんの配偶者であることぐらいしか知らず、人となりについても吉村さんのエッセイからしか伺うことはなかった。

大活字本シリーズに津村さんの作品があり、まずは『遅咲きの梅』を手に取ってみた。

巻末の解説文を読むと、実家や婚家で苦労した女性が自立していく物語らしかった。母が好きそうな話の気がしたので図書館から借りてみた。

予想通り「良かった!」という母の感想。解説文の執筆者は「『遅咲きの梅』と『炎の舞い』が傑作だと思う」と書いているので『炎の舞い』を読んでみたい、とのことだった。さっそく図書館の検索システムでサーチしたが、所蔵はなかったようだった。古い作品なので、たとえ所蔵があったとしても大活字本でなければ読みづらいかもしれない。

 

そこで、次は『流星雨』を借りた。

『流星雨』は、津村さん初の本格的歴史小説だとか。吉村さんは歴史小説の大作を多数執筆されているので津村さんの作品も保証ずみ、と思いきや、お互いの作品を読まないご夫婦だったそうだ。

母は学生のころは歴史の授業が嫌いだったので「歴史を知っていればもっと楽しめたかなぁと思った」という読後の感想だった。『流星雨』は幕末の会津城落城後の藩士やその家族たちの苦難を描いた小説だそうで、「仲間や家族が散り散りバラバラになった様をタイトルに込めたのだろう」という母の推測。

読者の方、この推測合っているのでしょうか?

 

 

 

『灼熱』

灼熱

灼熱

Amazon

しばらく前にTwitterで話題になっていたので手に取った一冊。

本の厚さに尻込みしていたけれど、とくに中盤以降の展開に目が離せなくなって通勤電車でも読んでしまった! 傑作!

 

物語は、戦前ブラジルへ移住した日本人たちが、日本からの援助や情報の途絶によって「日本が第二次世界大戦に勝った」と信じる派閥と「敗戦の事実を日本人コミュニティに広く知らしめよう」と考える派閥に分断され、やがて凄惨な抗争へつながっていく。

 

そういった史実も非常に興味深いけれど、キャラクターの個性の強さにぼくは魅了された。二人の主人公、勇とトキオの心情が非常に丁寧に書かれているので、分厚いページ数も脱落することなく読み切れたし、弥栄村の面々もかなりキャラが立っている。

読んでいてアニメの情景が思い浮かんだけれど、それは登場人物のキャラクターによるのだろう。

ぼくは、面白い物語にはキャラクターの個性の強さは不可欠と考えているのだけれど、「主人公の家族」「主人公の友だち」など周囲の人々についてこんなに書ける作者には久しぶりに出会ったなぁという感想をもった。

 

初めて読んだ葉真中顕作品だったけれど、他の作品にも手を出したいな。

 

↓ここから下は少しネタバレが入ります。

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『お前の罪を自白しろ』

いつか読むリストに入れておいたが、映画化すると知ったのでこれを機会に読みました。

著者の真保裕一には一時期ハマり、初期の『ホワイトアウト』は読んでいて泣けてしまったし、『奪取』は土地勘のある地名が登場したので興奮しながら読み、『栄光なき凱旋』はひたすら続く移民差別描写に打ちひしがれた。

というわけで割りと好きな作家さんだったので、面白さに期待していたんだけど、悪い方に期待を裏切られてしまったね……。

政治家同士の駆け引き描写こそ非常に丁寧で、実際の政界もこんな感じだろうかとややうんざりしてしまうし、敵か味方か分かりにくいので読んでいてストレスがかかった(まさにそれこそが著者の意図なのでしょうけれど)。

それに、肝心要のミステリーの犯人やエピローグも、、、詳しくは書かないけれど、残念の一言に尽きる。

 

映画は、内容の改変するのかなぁ?

せめて結末は変わってほしいんだけど。。。

宇田清治郎の配役が、堤真一なのはぴったりだと思う!

読みながら、脳内で堤さんの怒鳴り声が聞こえてきたもん笑

 

 

『原節子の真実』

表紙の写真を見ただけで、母は「原節子!」と分かったのだから、当時はずいぶん活躍されたのだろうなぁ。ぼくにとってはお名前を知る程度だったけれど。

そのお名前さえ、「引退後は文字通り表に出ることのない謎めいた女優」として覚えていたのだ。隠れているものにより惹かれるのが人間の性ではないでしょうか。ぼくは、自分にその品性下劣な性格を自覚して、しかしその欲望に逆らうことなく、ノンフィクションを読んでいる。

 

はっきりしたお顔立ちだけでなく、思ったことを率直に口にするのも現代人っぽい。だから封建的な映画界では長らく異端に扱われてきたのだろう。長い間「大根女優」と叩かれてきたことも、この本を読んで初めて知った。

周囲の環境に翻弄され、節子の意志や自立心はそれに逆らおうとするも、結局は大きなうねりに飲み込まれていくもどかしさを感じながら読みました。

 

評伝自体は面白く読んだのだけれど、読み終えてみると、書き方のせいなのか「著者の想像なのでは?」と疑念が浮かんだ箇所もいくつかある。

でもこういうのってノンフィクションが陥りやすい罠かもしれんね。他のノンフィクションとかルポでもこんな違和感を感じることがあるもの。

 

 

『あちらにいる鬼』

女性の心情描写が上手いなぁと唸りながら読みました。細やかなだけでなくて、文章でのごまかしもない。

例えば、人間関係について考えるとき、ぼくなんかは「もういいかぁ、面倒くさー」なんて、途中で考えるのをやめちゃうんだけど、この物語のみはると笙子はそんなことない。とことんまで考えている。愛した男とその隣りにいる別の女性について、を。

白木という男に妻子があることを知りながら、あっという間に男女の仲になった長内みはると、白木の妻の笙子がにそれぞれの視点で語っていく。

またこの白木という男が、自信家で臆病で、母性本能くすぐるタイプなんだよなぁ。絶えず隣に女がいる。旅行先でも女をつくる。つくるというより、女性がいなくては生きられない男なのだ。しょーもないクズだなぁと思うんだけど、みはるも笙子も白木を愛している。その心情が詳細だから、いつしか白木をぼくも好きになってしまう。

石の上に腰掛けようとしたみはるのために、白木がさっとハンカチを敷いたシーンなんて、「こんなことされたらたまらないよなぁ」とキュンとしてしまう。

 

ぼくは以前、著者の井上荒野の別の本を読もうとしたところ、文章がなんだかゴキゴキと回りくどく感じたので数ページで断念したのだけれど、この小説は一人称で進んでいくせいか読みやすかった。